私の財産告白 本多静六

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私の財産告白 本多静六

評価(5段階評価):★★★★★


「いまここに、長い過去をかえりみて、世の中には、余りにも多くの虚偽と欺瞞と
御体裁が充ち満ちているのに驚かされる。
財産や金銭についての真実は、世渡りの真実を語るに必要欠くべからざるもの
で、最も大切なこの点をぼんやりさせておいて、いわゆる処世の要訣を説こうとす
るなぞは、およそ矛盾も甚だしい」



この本は名著である。

しかも、戦後すぐに刊行されたこの本の内容は、決して現代においても色あせ

ず、かえって本質に深く切り込んでいる。

ロバートキヨサキの「金持ち父さん」シリーズをひもとくまでもなく、財産を築く

のは実に簡単であると本多先生は説く。


すなわち、「4分の1天引貯金」である。

収入はすべてその4分の1を貯金に回し、残り4分の3で生活する。

現在年収300万円であるものは年間75万円を貯金にまわし、残り225万円で生活する。

年収1,000万円であるものは年間250万円を貯金にまわし、残り750万円で生活する。

このような貯金によって、投資元本(本多先生によれば、雪だるまの芯)を作り上げ、

投資に回す。

40代前半には、大学教授としての給料を、投資からの収入が上回っていたという。

もちろん、時代背景がずいぶん違うから、投資の対象物は現在とは異なるかもしれない。

本多先生は林学がご専門だから、林野に投資することもあったようだ。

しかし、いつの時代にも有望な投資先はあると信ずる。


その投資先の判断基準として、非常に示唆に富む言葉を残されておられる。

「投資の第一条件は安全確実である。しかしながら、絶対安全をのみ期していては、

いかなる投資にも、手も足も出ない。だから、絶対安全から比較的安全、というと

ころまで歩み寄らねばならぬ。」


後生に住む私たちが豊かになる方法も、本多先生が生きていた時代と何ら変わらない。

「金儲けは理屈でなくて、実際である。計算でなくて、努力である。

予算でなくて、結果である。」


というシンプルな真実を、いまいちど、確認することから始めたい。


---
出版社 / 著者からの内容紹介
【多くの成功者が読んでいた! 伝説の億万長者が明かす、財産と金銭の真実】

日本中のお金持ちに、「人生でもっとも影響を受けた本」を1冊だけ挙げてもらうと
したら、1950(昭和25)年に実業之日本社から出版された本多静六の『私の財産告
白』が、トップクラスにランクインするはずです。
最近では、岡本吏郎氏の『お金の真実』(ダイヤモンド社)や土井英司氏の『成功
読書術』(ゴマブックス)でも紹介され、時代や世代を超えて再び脚光を浴びつつ
あるこの古典的名著が、実業之日本社からオリジナルの形で復刊されました。

本多静六(1866-1952)は、林学が専門の東大教授でありながら、独自の蓄財法と人
生哲学をもって、一代で巨額の財産を築くことに成功した人物で す。この本の中で
本多博士は、偽善者の仮面を脱ぎ捨て、「財産や金銭についての真実をぼんやりさ
せて処世の要訣を説こうとするなどは、およそ矛盾も甚だし い」として、お金の大
切さと成功の秘訣を、包み隠さず告白しています。「4分の1天引貯金」や株式投資
法は、単純ながらいまでも通用する蓄財の基本。「現 代人に送る痛烈なパン
チ」(岡本吏郎氏)としてお読みください。


内容(「BOOK」データベースより)
多くの成功者が読んでいた!伝説の億万長者が明かす財産と金銭の真実。

内容(「MARC」データベースより)
半世紀以上にわたって読み継がれ、多くの成功者に影響を与えた経済処世訓の名
著。現代を生きる我々に、いまなお新鮮に響く、日本が生んだ最高の「お金持ち哲
学」。解説は岡本吏郎。1950年刊の新装版。

著者について
1866(慶応2)年、埼玉県菖蒲町(当時は河原井村)生まれ。苦学の末、84(明治
17)年に東京山林学校(のちの東京農科大学、現在の東大農学部)に 入学。一度は
落第するも猛勉強して首席で卒業。その後、ドイツに私費留学してミュンヘン大学
で国家経済学博士号を得る。
1892(明治25)年、東京農科大学の助教授となり、「4分の1天引き貯金」と1日1頁
の原稿執筆を開始。1900年には教授に昇任し、研究生活のかたわら植林・造園・産
業振興など多方面で活躍するだけでなく、独自の蓄財投資法と生活哲学を実践して
莫大な財産を築く。
1927(昭和2)年の定年退官を期に、全財産を匿名で寄付。その後も「人生即努
力、努力即幸福」のモットーのもと、戦中戦後を通じて働学併進の簡素生活 を続
け、370冊余りの著作を残した。とりわけ、戦後の最晩年に実業之日本社から刊行し
た『私の財産告白』『私の生活流儀』『人生計画の立て方』の三部作 は、当時ベス
トセラーとなって大きな反響を呼んだ。
1952(昭和27)年1月、85歳で逝去。


著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
本多 静六
1866(慶応2)年、埼玉県菖蒲町(当時は河原井村)生まれ。苦学の末、84(明治17)年に
東京山林学校(のちの東京農科大学、現在の東大農学部)に 入学。一度は落第するも
猛勉強して首席で卒業。その後、ドイツに私費留学してミュンヘン大学で国家経済
学博士号を得る。1892(明治25)年、東京農科 大学の助教授となり、「4分の1天引き
貯金」と1日1頁の原稿執筆を開始。1900年には教授に昇任し、研究生活のかたわら
植林・造園・産業振興など多方 面で活躍するだけでなく、独自の蓄財投資法と生活
哲学を実践して莫大な財産を築く。1927(昭和2)年の定年退官を期に、全財産を匿名
で寄付。その後も 「人生即努力、努力即幸福」のモットーのもと、戦中戦後を通じ
て働学併進の簡素生活を続け、370冊余りの著作を残した。1952(昭和27)年1月、 85
歳で逝去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

帯より
不朽の名著、復刊。

「誰もがわかっている、誰もが知っているごく当たり前のことしか本多静六は語っ
ていない。しかし、だからこそ、これが痛烈なパンチなのだ」(岡本吏郎氏)

「いまここに、長い過去をかえりみて、世の中には、余りにも多くの虚偽と欺瞞と
御体裁が充ち満ちているのに驚かされる。
財産や金銭についての真実は、世渡りの真実を語るに必要欠くべからざるもの
で、最も大切なこの点をぼんやりさせておいて、いわゆる処世の要訣を説こうとす
るなぞは、およそ矛盾も甚だしい」(自序より)




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2008/09/02(火) 08:57 | | #[ 編集]
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